人間関係・対人関係の相談(2)イメージの置換
自分と他人は異なる存在
人間関係がうまくいかない人は、大きく分けて2つのタイプに分かれます。一つは相手にイライラするタイプ、もう一つは自分が落ち込むタイプです。人間関係でイライラするタイプの人は、基本的に、他人にも自分と同じであってほしいという甘えを持っています。人間関係で落ち込むタイプの人は、自分が他人と同じようにできていない、合わせられないという自分への厳しさを持っています。甘えと厳しさの一般的なイメージと逆ですね。それぞれ人間関係に対する考え方に特徴がありますが、どちらにも共通するのが自分と他人は同じでなくてはならないという認知の歪みです。
カウンセリングでは、カウンセラーがメタファー(隠喩)や、たとえ話を用いてクライエントの意識の変容に関与する場合も多いです。今回は、その一例をお伝えします。余談ですが、正確にはメタファーは何を例えているのかを隠している時の言葉で、今回は人間関係・対人関係を別の物に例えているのでシミリー(直喩・明喩)と言われます(わかりやすいところで言えば、ディズニー・ピクサーの『インサイドヘッド』がメタファーではなくシミリーです)。
互いの権利を認める – 人間関係を国家の交渉に置き換える
人間関係を、人と人同士と考えるのではなく、違う国同士の関係に置き換えて考えましょう。政治的なことや経済的なことには詳しくないのでイメージ的な話になりますが、原則、相手の国の内情について口出しをしてはいけませんよね。国同士でやり取りを行う場合は基本的には『交渉』が中心となります。単にお願いしても叶えてもらえることはありません。何かと何かの交換になります。同じものの交換の場合は比較的スムーズに事が運びます。
例えば、日本はアメリカに何かをしてほしいと望むとき何をするでしょうか。日本はその代わりに何かを引き受けますよ、という形で交換を申し出るかもしれません。ならば、同じことを夫婦関係でもやってみましょう。妻から夫に「明日駅まで車で送って」と言うとただのお願いになりますが、「今度私もあなたを送ってあげるね」と付け加えれば、交換なので気持ちよく送ってもらえるということです。そういう気持ちはある、というだけではなく、しっかりと言葉で伝えることが大切です。
「帰りに牛乳買ってきて」と、ただで追加注文してはならないのです。普段、いろいろやってあげてるんだからそのくらいいいじゃない、なんていうのは通用しません。普段やっていることは、すでに何かと釣り合ってしまっていると考えましょう。
同盟国であっても、なんでもやってもらえるわけではないのです。結婚という同盟を、自分のために何でもしてくれる契約だと勘違いしないようにしましょう。
立場の違いを認める – 人間関係を会社の取引に置き換える
あるいは、人間関係を会社の取引関係のように考えてもよいでしょう。経済面から大企業と中小企業の関係で例えると、夫婦関係は理解しやすく、それぞれがどのように振る舞っていけばいいのか、見えてきやすいです。
夫が定職に就き、パートをしている妻より収入が多いというケースの場合、夫が大企業で妻が下請けの中小企業といった関係のようになりがちです。中小企業・妻の状況を汲み、持ちつ持たれつの関係であると理解している大企業・夫であれば問題ありません。しかし、中小企業を駒のように使う大企業は許されませんよね。「うちが決めたことに従ってください」、「いいんですか?他にも取引先はいるんですよ」と脅され、大企業の利益ばかり優先される中小企業の苦しみは大変なものです。「誰に食わせてもらってると思っているんだ」という旦那さんは、そういう嫌な大企業みたいな人間になっていることを反省しましょう。
会社同士のやり取りは『取引』です。異なるものを提供して交換するイメージです。外でお金を稼いでくるという大きな1つと、家での細々とした数多くのことが、割合的に釣り合っているかどうか夫婦で確認しましょう。
文化の違いを認める – 人間関係を異文化交流に置き換える
日本人同士と考えず、人種が違う時の振る舞い方をイメージしましょう。例えば、あなたは日本人で相手がアメリカ人だとしたら、あなたはどういう風に振る舞うでしょうか。初対面の挨拶時、相手の方がハグをしてこようとしたら、あなたはそれを拒絶し、相手を非常識だと非難しますか?日本では、ハグは常識ではないんだよということくらいはやんわりと伝えるかもしれませんが、ハグはおかしい、ありえないわーとは思いませんよね。そういう時、あなたはちゃんと行動の背景となる文化が違うから仕方ないなと理解できているのです。自分もハグしてみようかな、と相手に合わせてみることもできます。
では、例えを戻して、日本人同士が出会った時のことを考えてみましょう。あなたは笑顔で挨拶をしたのに、相手が目を合わせず真顔で会釈しただけだとします。あなたは、どのように感じるでしょうか。
「何この人」「非常識だわ」「感じ悪い」と思う方は少なからずいると思います。でも実は、それはいわゆる”普通”の反応ではなくて、その人の考え方が歪んでいるから起きる反応なのです。相手は朝から具合が悪かったのかもしれません。ちょうど大事な考え事が深まっている時だったのかもしれません。前日に、ヘラヘラしすぎだと誰かに注意されたばかりだったのかもしれません。あるいは、育った家庭が、笑顔で挨拶をするような温かい家ではなかったのかもしれません。もしかすると、日本人ほど愛想の良さを重んじない文化の方になら、真顔で会釈されても腹が立たないということさえあり得ます。行動は同じなのに、日本人に対してだけ感じる気持ちなんておかしいですよね。そういう背景や、いろんな可能性があると想像することもせず、相手に対する印象を決めつけてしまうのは認知の歪みなので直していきましょう。
個体差を認める – 人間関係を動物の特徴に置き換える
動物はすべて同じ共通点を持っているわけではありません。空を飛べる動物、陸上で生活する動物、泳げる動物、それぞれに特徴がありますが、広くは全て動物と言われます。逆に、同じ種の中でも、海亀と陸亀のように特徴が異なるものもいます。
日本人は全員人間です。しかし、全員が男性でもなければ、女性でもありません。全員が自分と同い年でもありません。全員が同じ地域で育ったわけでもなければ、同じ教育を受けたわけでもありません。一体何をもって、あなたは相手のことを自分と同じ感覚を持っているはず、持っているべきだと思い込むのでしょう。人間という種が同じだけではないでしょうか。ただの見た目に左右されていませんか?一度、人間ではなく、動物なんだと捉えなおしてみるのもよいかもしれません。
相手の特徴をよく見て、動物の図鑑のようにまとめてみましょう。先述した、目を合わせずに真顔で会釈する人についてやってみます。「相手の特徴:真顔で会釈をする。あまり笑わない。目を合わせない。アニメの話にだけは食いついてくる。扱い方:こちらも真顔で会釈をする。たまにアニメの話を振ってみる」など、そういう特徴がある動物だと理解できれば腹が立たなくなるかもしれません。一方、自分について書いてみるのもよいでしょう。「私の特徴:笑顔で挨拶されないとイライラする。アニメには興味がない。扱い方:おごってくれる人になつく。海外ドラマの話をすると喜ぶ。」とか。自分については、図鑑と言うより取扱説明書という感じになりますね。きっと一人ひとり違った特徴が書き出されることと思います。カウンセリングルームセンター南の待合室に、『おじさん図鑑(なかむら るみ著)』という本を置いておきましたので、自分の周囲の人間図鑑を作る際の参考にしてみてください。
ある程度は諦める – 人間関係を天候や天災に置き換える
相手の機嫌を天気だと思ってみましょう。イライラしている人に会ったら、雷が鳴っている空をイメージする感じです。雷が苦手な人は、いつ雷が落ちるのか不安で仕方なくなりますが、それと同じように、イライラしている人がいつ爆発するのかが怖いという点で似ていますね。しかし、実際、雷はめったに自分には落ちてきません。雷が落ちてもいないのに、怯えすぎるのは現実的な態度ではありません。落ちたらどうするんですか!と言われますが、落ちたら諦めるしかないんです。対処のしようがないことの対処方法をいつまでも探すのは賢いやり方ではありません。人間の怒りについても同じです。怒りを向けられてしまったら諦めましょう。そこそこ備えて、そこそこ諦めるという姿勢を身につけることは大切なことです。
不満や愚痴ばかり言う人に会ったら、今日は曇りだなぁという気持ちくらいでいられたらいいですね。晴れではないのでスッキリ良い気分ではいられません。熱血体育会系の人に会ったら猛暑日だと思いましょう。長時間会い続けると熱中症になるので時々離れるのです。天候と交渉・取引することはできないので、こちらが一方的に対策をするだけです。相手を変えようとするのではなく、自分がどう振る舞うか考えたり、時には諦めたり、天候との付き合い方を人間関係にも応用しましょう。
おわりに
蛇足かもしれませんが、大きなことを言ってしまえば、人類の歴史は、自然淘汰への抵抗の歴史です。2020年現在猛威を振るっているコロナウイルスとの戦いもその一つです。打ち勝つのか負けるのか、あるいは共存していくことになるのかわかりませんが、傲慢ながら、カウンセリングもクライエントが社会から淘汰されてしまわないように抵抗力をつける手伝いをしているといった感覚を持っています。諦めきってしまうとひきこもりになってしまいますので、諦めるところは諦めつつも、諦めすぎずに抗っていく、そのバランス感覚を磨いていきましょう。
ここまで読んでくださって申し訳ないのですが、これを読んで理解した気になっても、実際の人間関係がうまくなることはありません。実際の体験、練習が大事なんです。水泳の本をいくら読んでも泳げるようにはならないのと同じです。カウンセリングで、カウンセラーとの人間関係で失敗を繰り返しながら、身につけていきましょう。