ネガティブケイパビリティ – 問題を抱える力

ネガティブケイパビリティとは

ネガティブケイパビリティ negative capability とは、答えの出ない対処のしようのない事態に耐える力のことです。問題解決能力(≒ポジティブケイパビリティ)に対して、負の能力、陰性能力などとも言われ、問題を解決しない、問題を抱えておく力のことを言います。

問題を解決しないことが能力?それって無能ってことじゃないの?と思う方もいるかもしれません。そういう方は、おそらく論理的で学力は高い方でしょう。一方で、残念ながらコミュニケーションにおける共感力は低い方なんじゃないかと思います。

口癖は「要は」「結局」「まぁ」「つまり」といった感じで、話を最後にまとめたがる感じです。本人は、問題を整理して賢いつもりでしょうが、けっこうそれは煙たがられたりします。奥さんが話をしているのを、旦那さんが「それって、結局さ、こういうことなんじゃないの」と一言でまとめようとする感じです。

奥さんは、そういう旦那さんに内心ムカついてます。そんなことにさえ気がついていない旦那さんはとても賢いとは言えませんよね。本当に賢い旦那さんは、「そうなんだ、それは難しい問題だね。もう少し教えてくれる?」と奥さんの悩みを簡単には解決せず、積極的に話を聞こうとするものです。その姿勢が、ネガティブケイパビリティ、問題を解決しない力です。共に悩み、考えていく力と言い換えてもいいですね。きっとその夫婦関係はとてもよいものとなるでしょう。

・・・え?そんな素敵な旦那さんなんていないだろうって?そうですね、元からそういう旦那さんはあんまりいませんね。でも、それなら奥さんが関わって、そういう旦那さんにしていけばいいんです。なってもらえるような関係を作ればいいんです。ぜひカウンセリングで夫婦関係を考えていきましょう。

ブーカ VUCAの時代を生き抜くためのネガティブケイパビリティ

ブーカ VUCAとは、下記の頭文字をとった2000年代の経済状況を表したビジネス用語です。

  • Volatility(変動性)
  • Uncertainty(不確実性)
  • Complexity(複雑性)
  • Ambiguity(曖昧性)

企業などで働く人は聞いたことがあるかもしれませんね。変動しやすく、不確実で、複雑で、曖昧である、こうした特徴を持つ現代は、商品やサービスを開発、展開していく上で、従来のシンプルな因果関係に基づく予測などが難しくなってきているということです。当然、悩み方も複雑になります。「昔はこうすればうまくいっていたのに、今は何から手をつけたらよいのやら。この問題をどう解決すればいいんだ?!正解はなんだ?!」、そんな煮詰まった状況のときこそ、やたらに下手に動かないネガティブケイパビリティという力が役に立ちます。

カウンセラーとネガティブケイパビリティ

マスターセラピストの特徴

心理学界では、VUCA という言葉にこそなってはいませんでしたが、同様の概念は昔から切っても切り離せないものでした。人の心という変動しやすく、不確実で、複雑で、曖昧なのものを対象としている学問だからです。それに対して、長年カウンセラー達が向き合ってきた結果、マスターセラピスト(熟練のカウンセラー)と言われる人達は、複雑さや曖昧さを好むといった特徴を持つということが明らかになってきました。わからないことを、わからないまま抱え、わからないなりに取り組もうという姿勢です。それは、一般の人はあまり持っていない能力で、まさしくネガティブケイパビリティそのものと言えます。

カウンセラーをモデルに

カウンセラーは、問題をすぐに解決したがるクライエントとは対極にいます。苦しいからと言って、答えを人に聞いて問題を解決してしまうと、その人自身が成長していないため、問題が再発しやすいということを知っているのです。問題が起きたら、しっかりとその問題に向き合い、掘り下げ、そこから何かを得て、自分の人生をよりよくしていこうという姿勢が大切です。問題が起きてもカウンセラーが落ち着いていられるのは、なんでもお見通しだからではなく、わからないことが自然なことで、恐れることではなく、そこから得られるものがあると知っているからです。カウンセラーと対話することで、そういった姿勢がクライエントにも移っていくことを期待しています。

平安の祈りとネガティブケイパビリティ

また、ネガティブケイパビリティは、依存症の自助グループなどで唱えられる平安の祈り(セレニティプレイヤー The Serenity Player、あるいはニーバーの祈り)にも通ずるところがあります。

神様私にお与えください
自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを
変えられるものは変えてゆく勇気を
そして二つのものを見分ける賢さを

ラインホルド・ニーバー(神学者/アメリカ)

なんでもかんでも解決しようとすることが賢さではないということですね。変えられないものを受け入れる落ち着き、それはイコール、ネガティブケイパビリティです。言葉としては新しいですが、意味するものは古くからある、カウンセラーにとっては馴染み深いものなのです。

不登校対応とネガティブケイパビリティ

実際に、カウンセリングでどのようにネガティブケイパビリティが役に立つのでしょう。不登校とミステリー小説という2つの例を組み合わせて説明してみたいと思います。

ネガティブケイパビリティは、子供の不登校対応の相談に来られる保護者に最も必要な態度かもしれません。大切な子供が学校に行けなくなってしまうことは、のんびりと構えていられる状況ではなく、すぐになんとかしなければと行動しがちです。あちらに相談に行き、こちらに相談に行き、なんとか本人を学校に行かせる方法はないものかと画策します。しかし、そこで少し踏みとどまって、自分自身の行動が本人にどう影響してしまうのか振り返ってもらいたいのです。

例を変えましょう。あなたはミステリー小説を読み始めたとします。最初に事件が起き、犯人は誰だという展開になりますよね。いきなり犯人は書いてないし、犯人が誰なのか先に書いておいて欲しいと望む人はあまりいません。犯人が誰かはわからないまま読み進めていきます。そういうことができるのは、実はあなたに小さなネガティブケイパビリティという力が備わっているからです。それを膨らませて、不登校対応をしてほしいのです。

子供がミステリー小説を読んでいたらどのように関わりますか?「結局犯人は誰なの」、「早く教えて」、「いつまで犯人がわからないの?」とは言わないでしょう。そんな関わり方をされたら、子供は困るし嫌ですよね。不登校の子に、どうして学校に行けないの?いつ行けるの?という関わり方をする親は、そういうことをしているということです。

不登校というミステリー小説を、親は犯人がわからないまま、最後まで読み続けなくてはなりません。犯人がわかるまでずっとイライラしながら読んではいけません。犯人さえわかれば途中はどうでもいいわけでもありません。その展開を注意深く丁寧に追っていくことが大切です。小説では必ず犯人が明らかにされる時が来ます。それと同じように、不登校にも必ず解決する時が来ると信じて、子供の不登校というストーリーを否定せずに、読み飛ばさずに、読み解いていく必要があるのです。

カウンセラーはストーリーを大切にしています。それは時に、ファンタジーと揶揄されてしまうこともありますが、ストーリー無くして人間理解などありえません。時間はかかりますが、問題解決だけではない関わり方、理解の仕方を身につけてほしいと思います。

まとめ

ネガティブケイパビリティという言葉をはじめて使ったのは、イギリスのキーツという名前の詩人だそうです。それを170年後に、イギリスの精神科医ビオンが精神分析に必要なものとして掘り起こし、日本では2017年に精神科医帚木蓬生が書籍化して注目されました。

なんでもすぐに合理的、効率的に問題解決をするのが良いとされる現代にアンチテーゼとして現れてきたような、そんな必然性を感じています。

百聞は一見に如かず、ネガティブケイパビリティを備えたカウンセラーをぜひ見に来てください。そして、その影響を受け、ご自身に取り入れていってください。初見でカウンセラーに文句を言っても構いません。理想化しても構いません。その後で手のひらを返してこき下ろしても構いません。カウンセラーから見放したり拒絶することのない、ネガティブケイパビリティの底力を実際にお見せいたします。