心的外傷後ストレス障害 PTSD

心的外傷後ストレス障害とは

心的外傷後ストレス障害は、Post-Traumatic Stress Disorder:PTSDという名称で広く世間に認知されました。阪神淡路大震災、東日本大震災など、臨床心理士が被災者の心のケアをした際のニュースなどで耳にした方が多いのではないかと思います。大災害や事件・事故に巻き込まれた後、安全な状況にいるにも関わらず、様々な精神症状が強く残っているようなときに診断されます。

外傷性記憶(トラウマ記憶)

あまりに凄惨な出来事に対して、感情が耐えきれないと無意識に判断された記憶は、なるべく意味を持たないように情報が断片化されることがあります。そのような記憶は、外傷性記憶といわれ、フラッシュバックと呼ばれる突発的で断片的な恐怖場面の想起という形で日常生活に入り込んできてしまいます。外傷性記憶は、忘れたいと強く望まれますが、自然消滅することがなく、被害者が慣れていくこともなく、被害者を内側から苦しめ続けると言われています。

PTSDの三大症状

PTSDには3つの大きな症状がみられます。安全な状況になっても、突然当時の辛い場面が思い出されてしまう侵入体験という第一の症状、当時の出来事を思い出すような場面や物を避けて生活したり、または、出来事を語ることはできるが、当時の感情だけ全く覚えていないという回避・麻痺という第二の症状、些細な出来事に驚愕したり、知覚が異常に過敏になる過覚醒という第三の症状の3つです。これらは、異常な体験にさらされた場合には、正常な人にも起きる正常な反応と考えられています。

侵入体験

侵入体験というのは、昔被害に遭った場面が、今あたかも目の前で起きているかのように、鮮明に思い出されてしまうことを言います。ただ思い出されるのではなく、音や匂い、体の感覚に至るまで再体験させられるため、過去に起きたことではなく、今まさに再び被害に遭っているかのような強烈な恐怖や苦痛を伴います。トラウマに関係する物や出来事などに近づくことで引き起こされることもあれば、日常生活の中で、全く突然なんの前触れも無く思い出されることもあります。寝ている間に悪夢として同様の体験をすることもあります。過去の出来事だと頭ではわかっていても、心や体は被害体験を忘れていないのです。

麻痺・回避

一方、そのような耐え難い被害体験に対して、人間の心は無意識的に自分を守るために、感覚を麻痺させたりすることがあります。PTSDの方の中には、言葉に詰まってしまってトラウマとなった出来事を話せない方もいますが、逆になんの苦痛もなさそうに語られる方もいます。「特に何も感じないです」とか「悲しいとか辛いとかいう感じがあんまりないんですよね」と言ったりします。これが麻痺と言われる特徴で、トラウマについて苦痛を感じずに話せてしまうこともまた、一つの症状なのです。なので、カウンセリングを受けて感情が回復していくと、逆に話すことが辛くなっていくタイプの人がいます。ネット上に、カウンセリングで話すと逆に悪化すると書かれているものの中には、こういったものがあると思います。

トラウマに対する反応として、回避という防御反応が強くなっている場合は、そもそもインテーク面接の時点で、その時期前後の話が巧妙に飛ばされていたりするので、カウンセラーでもその人がトラウマを抱えていることを見落としたりしてしまいます。トラウマに関係しそうなどんな些細な出来事にも近づかないように行動範囲が狭くなったり、言葉を選んだり、特定の場面を避けたりするようになります。それが回避という特徴です。

過覚醒

麻痺や回避によって、トラウマを避けていれば問題なく過ごせるわけではありません。一見普通に過ごしていても、体の緊張状態はかなりのものです。なぜなら、被害に遭って以降、再び被害に遭わないように常に身構えていなくてはならないからです。些細な物音に驚愕してしまったり、神経が昂った状態になり眠りが浅くなってしまったりします。そういう状態を過覚醒といいます。


まとめると、感情はあまり感じられなくなり、トラウマを想起させるようなことを避けるために、常に緊張状態を保っているのに、突然、予告もなく目の前に被害当時の映像が蘇ってきて、まったく成すすべもなく、再び傷つき立ち尽くすといった感じです。あまりに辛すぎますね。

自己・他者・世界への不信感

さらに、自己・他者・世界への不信感という認知の歪みも加わります。自分の頭の中にどうしようもない音や映像が流れ込んでくる、私はどうしてしまったんだ、異常者になってしまったのか、涙が止まらない、感情や行動さえコントロールできない私は弱い人間だといった感じの自分への不信感です。あの恐怖を言い表せる言葉がない、あの恐怖は誰にもわかるはずがない、だから、誰も私を助けられるはずがないと考えてしまうのが、他者への不信感です。そして、世界はあの日から自分を攻撃してくる世界に変わってしまった、安全な場所などどこにもない、私の居場所なんてないと考えるのが、世界への不信感です。こうしたことから、カウンセラーや医師に話したってどうせどうにもならないと、カウンセリングや精神科での治療を諦めてしまっていたりします 。

サバイバーズギルト

生存者の罪悪感と訳されます。集団被害からの生存者は、単純に生き延びられたことを喜ぶだけではありません。自分が生き残ってしまったことに罪悪感を持つ場合があります。なぜ、他の人が死んで自分が生き残ってしまったのか、あるはずのない理由を探し求め、理由が見つからないと罪を感じ始めてしまいます。生き延びるなら他の人のほうがよかったのではないか、自分の代わりに誰かが死んでしまったのではないか、自分が生き延びてしまったことで誰かの負担になるのではないかと考えたりしてしまいます。

生き残った以上、世の中の役に立たなくてはならないという使命感に駆られてしまうこともあります。急に仕事をやめてボランティアを始めたり、自分の生活を犠牲にしてまで、人を救う活動にのめり込んでしまったりします。 そうして罪悪感を少しでも和らげようとするのです。

罪悪感という言葉をもう少し広く捉えると、同じ経験をして生き延びた人の中でもPTSDにならなかった人もいる、PTSDから回復している人もいるのに、なんで自分はいつまでも回復しないんだ、なんて私はダメなんだと感じたりもします。

再演・再体験

子供に顕著に見られます。例えば車の事故に遭った、あるいは車の事故を目撃した子供は、ミニカーを使って事故場面の再現をしたりします。それを見かけたときには、良くないことと決めつけてすぐにやめさせずに、少し様子を見てあげてください。子供は言語化がうまくできないので、事故というはじめての体験をどう処理したらいいのかわからず、行動の中で何か見つけようとしているのかもしれません。ミニカー同士をぶつける遊びが、事故の再演なのか、ただ遊んでいるだけなのかどのような意味があるのかはっきりとはわかりませんが、わからないからこそ簡単に止めるべきではないと思います。

大人の場合、被害に遭った場所へ、同じ時間帯に、同じ服装などで再び訪れることがあります。例えば、性被害に遭われた方は、トラウマ治療の中盤以降に、被害に遭った夜道を当時と同じ薄着で歩こうとします。いつまでもトラウマとなった場所を避けていては、自分が回復した気がしないので、同じ状況でも平気な自分であることを証明しに行きたいと言うのです。そうせざるを得ない気持ちはわかりますが、その場合、必ず誰かに付き添ってもらってください。その場所は見通しが悪く人通りも少ないはずで、再び被害に遭われる可能性があるからです。また、十分にPTSDから回復した後であれば応援することもできるのですが、焦った勢いで実行してしまうと、再びその場所でフラッシュバックが起き、せっかく回復してきた心がまた深く傷ついてしまうこともあります。その時期や方法については、カウンセラーとよく話してから実行しましょう。

PTSDへのカウンセリング

このようなかなり辛い症状なので、「過去の出来事は忘れて、今を生きようよ」なんて励ますことは禁忌です。被害に遭った方は過去に苦しんでいるのではなく、今現在のこととして苦しんでいるからです。「辛かったね」と声をかけるカウンセラーも、PTSDのことを理解できていないと思います。理解していれば、過去形ではなく「辛いね」という言葉が自然に出てくるはずです。もっと言ってしまえば、PTSDの方の話を聴いて「辛いね」なんて簡単に出てくるようじゃ全然心になんて寄り添えてません。本当にPTSDの方の話は、いつ聴いてもカウンセラーが泣いてしまわないようにするのが精一杯です。 苦しみを一緒に乗り越えていきましょう。